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優秀修士論文賞

第8回論文賞

(2017年度修士論文)

第8回測定器開発優秀修士論文賞は、2018年5月2日に開催された最終選考委員会において優秀論文賞2編、特別賞1編が決定しました。受賞されたお三方には心よりお祝いを申し上げます。

物理学会秋季大会(信州大学)に於いて、2018年9月16日に表彰式と招待記念講演会が開催されました。(向かって左から吉田氏、川端氏、森田氏)

受賞者には表彰状・クリスタル製の表彰盾のほか、 本賞協賛企業であるセイコー・イージーアンドジー(株)ハヤシレピック(株)(株)Bee Beans Technologiesから副賞としてアマゾン券が贈呈されました。

優秀修士論文賞

サブ秒角撮像を目指すX線多重像干渉計MIXIMの基礎開発

川端 智樹(大阪大学)

授賞理由

 X線天文測定において、従来型の反射鏡とピクセル検出器ではなく、回折格子とピクセル検出器の組み合わせで、コンパクトな検出器サイズでサブ秒角の角度分解能を目指す測定器開発の論文である。
SOI技術のピクセル検出器を用いた解析から始まり、可視光用に開発されている超微細CMOSピクセルを提案、実装することで1秒角の角度分解能達成を示し、更にサブ秒角到達までの構想が示してある。その主体性や、検出器提案から解析までの一貫性が高く評価された。また、X線天文測定においても、コンパクト衛星に搭載でき、更にCMOSが常温動作可能であることから、本開発のインパクトは大きいものと思われる。
 X線測定の検出効率の観点では厚さも重要なファクターであり、既存の検出器ではなく、自ら最適なピクセル検出器の設計に取り組めば良かったのでは?との指摘があったことは、激励として送らせていただく。

MPPCを用いた低被曝かつ三次元カラーX線CTシステムの開発

森田 隼人(早稲田大学)

授賞理由

 半導体光検出器MPPCと高速シンチレータを組み合わせたフォトンカウンティングシステムを新たに考案、これを用いることで、従来型X線CTの撮像機能を大幅に向上させ「低被曝線量で3次元4色撮像」が可能である事を実証した画期的な測定器開発研究である。
 既存のCTではGOSシンチレータで吸収したX線をフォトダイオードで捉えるため、検出器のS/Nで照射X線の強度が決まっており、小さくない医療被曝が問題視されてきた。そこで筆者らは、近年応用研究が盛んに行われているMPPCと高速シンチレータとを組み合わせることで、従来型よりも格段に優れたS/Nを実現。その結果、1/100の低強度X線で十分な撮影能力が得られることを実証した。また、従来型CTではX線強度が強くpile-upが多いためモノクロ撮像であったが、本研究の結果、pile-upが十分に抑制されるため、吸収エネルギー情報を用いた多色イメージングが可能であることも示された。
 以上の研究開発は、全くもって既存の機器の組み合わせから成り立っており、一見すると「測定器開発論文」という意味合いから、見劣り感が否めない部分もある。しかし、修士課程という限られた期間で、ここまでの完成度に到ることが容易でない事は明らかであり、また開発内容の記述も非常に洗練されており、論文としての完成度は極めて高いと言える。
 X線CTは現代医療の根幹をなす重要な診断技術であり、その従来型CTに「既存の放射線検出器技術を組み合わせた新システム」を導入するだけで、これだけの性能向上が見込めることを示した本論文は、測定器開発優秀修士論文賞に相応しい論文であると考える。

優秀修士論文特別賞

ニュートリノを伴わない二重β崩壊探索に向けた
高圧XeガスTPC AXELのための高電圧ドリフト電場形成の研究

吉田 将(京都大学)

授賞理由

 本論文はダブルβ崩壊探索実験(AXEL)のための、高圧キセノンTPCを実現するための、フィールドケージのための開発研究をテーマにしている。大型TPCでは全域にわたって均質な高いドリフト電場の生成が必須となり、そのための高電圧の発生と電場整形電極配置に関する様々な開発研究が必要となる。吉田さんの論文ではここに焦点を絞って、70ページの全編にわたって、詳細な独創的検討が展開されている。ここでは単に文献等を参照して試作・試験におわるのでなく、積極的に独自のアイディアを展開しシミュレーションによる最適化を行うばかりでなく、最終的な検出器の組み立て精度や作業合理性までも視野に入れながら検討を進めているのが極めて印象深い点であった。同様のきめ細かな検討は、内蔵高電圧発生装置として想定されるCW回路についても、ダイオードに付随する容量成分の影響の検討、またアウトガスを嫌うTPCのためにFPCを利用したシステムの試作などを行っている。
 惜しむらくは、こうして検討、設計されたシステムを、実際に小型試作機であれTPCとして運転しその評価を行うことが終わっていないことである。そのため論文が測定器開発としては完全燃焼とは言えない読後感とならざるを得なかった。そのため残念ながら、論文賞本賞への選定には至らなかった。しかしながら吉田さんのTPCフィールドケージとその高圧電源開発研究の内容は、昨今の優秀修士論文賞候補にはない、骨太の内容を備えており、特別賞として表彰し修士論文のあるべき一つの形を示してはどうかというのが審査委員全員の一致した考えであった。こうした重厚な要素技術開発が着実に根を張ってきており、日本のTPC開発研究が成熟の段階にたどりついたことに、たいへん頼もしい気持ちとなった。

全体論評

 2010年度修士論文を対象とした賞の創設より今回で第8回を数える測定器開発優秀修士論文賞に対して、2017年度分も23篇の応募があった。いずれも例年通り100ページに及ぶ渾身の力作ぞろいである。例年に倣い、まず応募論文の利用分野について整理をすると(図1)、素粒子・原子核、宇宙分野にまんべんなく分布しており、放射線測定(環境、医療計測を含む)の分野からの論文も少なくない。本賞が広く関連分野に認知されてきたことを示しており、アナウンスいただいた高エネルギー物理学研究者会議、原子核談話会、宇宙線研究者会議をはじめ、高エネルギー宇宙物理連絡会、放射線物理、放射光科学、中性子科学など関連分野の皆様の真摯なご協力の賜物と感謝をしたい。
 開発研究の主役である技術要素も、例年通り多岐にわたっており、おおざっぱに分類をすれば、図2のようにまとめられ今回の応募論文の開発研究の多様性と層の厚さが見て取れる。目を引くのが(加速器関連の)ビーム機器関連の技術の論文が多く寄せられたことである。これには加速器利用実験研究室において、実験の成否を握る加速器ビームの技術発展の重要性も高く認識されていることを意味しており、研究分野の成熟を再確認することができる。

 選考は、素粒子、原子核、宇宙線各分野のコミュニティより推薦をうけた委員を含む合計12名の選考委員()により、例年通り2段階で行われた。2月末の締め切り後、今年度は査読を行うに際して、以下のような評価項目を設定することを審査員一同で確認し、それぞれの項目について採点、集計することで選考審議の資料とすることとした。

1.論文の完成度
2.背景技術の理解度
3.開発研究の意義とその理解
4.研究の独創性、先進性(テーマ、手法)とその的確な記述
5.研究における本人の独創性、主体性
6.測定器開発にかける熱意、最後までやりとげる意志

 一か月かけてまず7編の候補論文に絞り込み、その後さらに3週間をかけて、全委員がこの7編について改めて熟読、採点をして最終的には5月2日に最終選考委員会が行われた。選出された今年度の優秀論文賞2編はその方向性は全く異なるものの、いずれも加速器による実験分野ではなく、放射線検出器の開発研究分野からの授賞である。応用から課せられる要件をきちんと理解し、その実現にむけて精力的に取り組み、論理的に攻めていく過程が克明に記録されており、研究開発の主体性もきちんと示されていた。こうしたことから、審査員一同、上記評価項目のいずれについても高い評点を与えたもので、典型的優秀論文であるといえる。

 これらの優秀修士論文に対して、荒削りではあるものの修士課程の中で研究室が目指す実験で必要となる技術要素に正面から取り組み、その課題を自ら解決するという姿勢が審査員をうならせる論文があり、今回それに特別賞を授与することとした。

 今回全体を通して感じられるのは、実験プロジェクトのために建設された測定器システムのパーツの性能検査と運用条件の最適化という方向性の研究開発が数多く寄せられたことである。これらのテーマはプロジェクトにとって極めて重要な課題であり、真正面な研究テーマであることは理解できるものの、修士課程の開発研究としては、技術要素自体の研究と本人の創意工夫が主題となる、一個の独立した研究成果もあってほしいという議論が、今回の審査員にあったことを記しておきたい。

測定器開発優秀修士論文賞 選考委員長
幅 淳二

選考委員リスト(敬称略)

審査委員
コミュニティ委員
味村 周平(RCNP)、居波 賢二(名大)、早戸 良成(宇宙線研)、日下 暁人(東大)、
佐川 宏行、(宇宙線研)、溝井 浩(大阪電通大)

KEK 所内委員
宇野 彰二、佐波 俊哉、吉田 光宏

事務局
西口 創、外川 学、幅 淳二

図1

図2