Awards
優秀修士論文賞
第16回論文賞
(2025年度修士論文)
KEK 旧測定器開発室では、高エネルギー物理学研究者会議、原子核談話会、宇宙線研究者会議のご賛同のもと 2011年より「測定器開発優秀修士論文賞」を設けました。
これは測定器開発という研究分野の一層の充実と裾野の拡大をめざすもので、今後ますます多角的に進めていかねばならない実験研究の足元を固める上でも大いに資するものと考えております。関連実験分野における測定器開発に関する優秀な修士論文を表彰することで、修士課程で測定器開発に携わる学生を奨励し、研究者育成の出発点である大学院教育においても測定器の開発研究のさらなる充実に貢献するものと期待して,高エネルギー物理学研究者会議、原子核談話会、宇宙線研究者会議、高エネルギー宇宙物理連絡会のご賛同のもと測定器開発センターでも引き続きこの活動を継続します。
記念講演
日本物理学会第81回年次大会 (2026年)(東京大学)に於いて、表彰式と招待記念講演会が開催されます。
優秀修士論文賞
第16回測定器開発優秀修士論文賞は、2026年4月27日に開催された最終選考委員会において優秀論文賞2編が決定されました。受賞されたお二人には心よりお祝いを申し上げます。
「水ベース液体シンチレータを用いた飛跡検出器の開発と性能評価」
林 洸樹(京都大学)
授賞理由
ハイパーカミオカンデ実験では、水標的を用いる遠方検出器と炭素標的を用いる既存前置検出器との違いが系統誤差の主要因の一つとなっている。本受賞論文では、その低減を目的として、水ベース液体シンチレータ(WbLS)を用いた新たな前置検出器の開発が詳細にまとめられている。WbLSを格子状セルに封入し、波長変換ファイバーとMPPCを用いて読み出すことで、約1cmの位置分解能の三次元飛跡検出が実現されるとともに、アクティブ標的として水-ニュートリノ反応の測定を可能としている。本研究では、光量向上とクロストーク抑制を主目標として検出器開発を進め、従来から課題であった光量不足による低検出効率と高クロストーク率の改善に取り組んでいる。 その中で、反射シートを貼付した3Dプリンタ製セル構造や、ファイバー端面への反射シート加工、太径ファイバー導入によるクロストーク低減など、独自の手法を提案・実装した。また、ビームテストの計画から解析までを主体的に遂行し、従来比約7.1倍の光量向上、クロストーク率3%以下、飛跡検出効率10倍以上の改善を達成することで、実用的な検出性能を有することを実証した。 本論文は、検出器性能の向上のために独自のアイデアを含む多様な試行錯誤を積み重ねた受賞者の真摯な姿勢が強く伝わる内容となっている。また、各要素に対する精緻な理解に基づいた性能向上を実現しており、優秀修士論文賞にふさわしい優れた論文であると評価される。
「感度O(10^-15)のμ→eγ探索を目指したアクティブコンバーター型光子ペアスペクトロメーターの開発」
榊原 澪(東京大学)
授賞理由
本論文では、荷電レプトンフレーバーを破るミュー粒子稀崩壊μ→eγの探索実験のための新たな光子検出器の開発がまとめられている。 現在、スイス・ポールシュラー研究所では、現行のミュー粒子ビーム強度を100倍に増強する計画があり、このビームを用いた次世代のμ→eγ探索実験の計画が進められている。その一方で、更なる実験感度の向上のためには、大幅に増加する背景事象を強力に抑制する、高レート環境下で動作する高性能光子検出器を実現する必要があった。 そこで本研究では、光子を薄いコンバーター層で対生成により電子・陽電子対に変換し、その運動量をペアトラッカーで測定する「アクティブコンバーター型光子ペアスペクトロメーター」を開発した。コンバーターの材質としてシンチレーターを使用し、反応点でのエネルギー、時間情報を取得することで、高いエネルギー、時間分解能が得られる。 本研究ではぺアスペクトロメーターによる測定の原理実証として詳細なモンテカルロシミューレションを行い、信号効率・レート耐性・背景スペクトラムへの影響を包括的に評価した。コンバーター厚みおよび層構造を最適化するとともに、高レート環境においても性能が維持される設計条件を明確化した。また、LYSO結晶を用いた試作機を製作し、電子ビーム試験を実施した。その結果、約25psの時間分解能およびO(10^4)光電子の光量という、設計要求を大幅に上回る性能が得られた。これらの結果を元に将来実験の感度を見積もったところ、3年間のデータ取得で現行実験であるMEG II実験よりも1桁高い、O(10^-15)の分岐比感度に到達可能であることを示した。 本研究は、次世代μ→eγ探索実験実現に向けた大きなステップであると同時に、大強度ビーム実験に適用可能な高レート環境下での高性能測定技術の開発に繋がるものであり、測定器技術分野に対する多大な貢献であると評価される。
全体論評
2010年度から始まった測定器開発優秀修士論文賞は、今回で16回目を迎えました。2025年度の修士論文を対象とした今回は、例年と同程度の23篇の応募がありました。私は前回から選考委員長を引き継ぎ、まだ初心の気持ちで審査に臨みました。今回応募いただいた論文も、100ページを超えるものがほとんどであり、構成、内容ともに非常に優れたものばかりでした。
応募論文の研究分野を見ると、例年通り素粒子分野が多い一方で、原子核・ハドロン、宇宙線・電磁波からの応募も同じくらい多く、バランスの取れた状況となっていることを大変喜ばしく思います。さまざまな分野から多くの優秀な論文が寄せられていることに対し、高エネルギー物理学研究者会議、原子核談話会、宇宙線研究者会議、高エネルギー宇宙物理連絡会をはじめ、放射線物理、放射光科学、中性子科学、中間子科学など、関連分野の皆様のご協力に深く感謝いたします。
研究の中心となる技術要素に関しては、シンチレータ検出器や半導体検出器を扱うものが多く見られましたが、チェレンコフ検出器、ガス検出器、液体アルゴンTPC、超伝導検出器、DAQ・エレクトロニクス、ビームモニターなど、その内容は多岐にわたっていました。中には1つの論文の中で2種類の異なる検出器開発を扱うものもありました。
選考は、素粒子、原子核、宇宙線、高エネルギー宇宙物理、放射線科学の各分野から推薦された委員を含む、合計12名の選考委員(†)により、例年通り2段階で実施しました。2月末の締め切り後、査読にあたり以下の評価項目を選考委員一同で確認の上、各項目について採点・集計を行い、選考審議を進めました。
1.研究の背景
背景と動機が明確に説明されているか
2.研究方法
要求性能、実験手法などが明確に記述されているか
3.結果と考察
得られた結果についての考察や検証がなされているか
4.研究の独創性
独創性、物理・測定器研究に与えるインパクトが伝わる内容か
5.本人の主体性
本人の主体性や貢献度が伝わる内容か
まず1か月かけて6篇の候補論文を絞り込み、その後さらに1か月をかけて、全委員でこれら6篇を改めて熟読・採点しました。そして、4月27日の選考委員会において、優秀論文賞として2篇を選出しました。
受賞論文の1篇は、ハイパーカミオカンデ実験への導入を目指した、水ベース液体シンチレータを用いた新たな前置検出器の開発に関する研究です。もう1篇は、荷電レプトンフレーバーを破るミュー粒子稀崩壊μ→eγの探索実験に向けた新たな光子検出器の開発に関する研究です。
いずれの論文も、物理背景とその物理研究に求められる検出器性能をよく理解した上で、試作機の製作からテストビームラインを用いた性能評価試験までを本人が主体的に進めていることが明確に読み取れました。さらに、得られた研究成果が物理研究に与えるインパクトについても的確に記述されており、非常に完成度の高い力作でした。これらの点が多くの審査員から高く評価され、優秀論文賞の受賞に至りました。
一方で、惜しくも受賞には至らなかった修士論文の中にも、優れたものが多数ありました。そのため、採点や最終選考は非常に難しく、多くの選考委員から「選ぶのが本当に難しい」という声が上がるほどでした。今回の応募論文には、今後さらに研究を発展させることで、次の機会には十分に栄冠をつかみ得るものが数多くありました。受賞された方も、惜しくも受賞を逃した方も、これからも研究に励み、測定器開発の技術力をますます高めていかれることを期待しています。
測定器開発優秀修士論文賞 選考委員長
戸本 誠
†選考委員(敬称略)
●選考委員
コミュニティ委員
市川裕大(東北大学)、風間慎吾(東京科学大学)、齋藤隆之(東大宇宙線研)、
平山賀一(KEK)、樋口岳雄(東大 Kavli IPMU)、増田孝彦(岡山大学)、
三石郁之(名古屋大学)
●KEK 所内委員
長谷川雅也、山崎寛仁
●委員長・幹事
戸本誠、中村克朗、塩見公志


これまでの論文賞
お問い合わせ
〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1
高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 測定器開発センター
「測定器開発優秀修士論文賞」事務局
E-mail: itdc-ronbun2025★ml.post.kek.jp (★を@に読み替えて送信下さい)
尚、応募書類に含まれる個人情報については、「独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律」及び、本機構の「個人情報保護規程」に基づき厳重に管理します。