Awards
優秀修士論文賞
第15回論文賞
(2024年度修士論文)
第15回測定器開発優秀修士論文賞は、2025年4月30日に開催された最終選考委員会において優秀論文賞2編が決定されました。受賞されたお二人には心よりお祝いを申し上げます。
記念講演
日本物理学会第80回年次大会 (2025年)(広島大学)に於いて、表彰式と招待記念講演会が開催されます。
優秀修士論文賞
原子核乾板を用いたニュートリノ反応精密測定のための新型シンチレーショントラッカーの開発
大谷尚輝(京都大学)
授賞理由
本論文には、NINJA実験で稼働予定のプラスチックシンチレータを用いた新型飛跡検出器の設計に関する研究と、シミュレーションによる検出器性能評価が詳細にまとめられている。 ニュートリノCP非対称度の観測には、ニュートリノと原子核との反応断面積に関する精密な知見が不可欠であり、NINJA実験ではこの断面積を高精度で測定することを目指している。原子核乾板の高解像度を最大限に活用するために、大面積かつ高位置分解能を有する飛跡検出器の開発が重要な課題である。 本研究では、大型化が容易なシンチレータ内に複数の光検出チャンネル(波長変換ファイバー+MPPC)を組み込むことで光量分布を取得し、この分布から粒子の飛跡通過位置を高精度で再構成するという独創的な検出手法を提案し、その原理検証を行った。シンチレータの散乱体濃度の最適化のために、濃度の異なる小型試作機を製作し、陽電子ビームを用いた照射試験により適切な構成を決定した。また、散乱体による光量低下の対策として、ファイバー端面へのアルミ蒸着加工を施し、約5.6倍の光量向上を達成した。 これらの研究により、ファイバー間隔(10mm)を大きく下回る1〜2mmという高い位置分解能を実現することに成功した。さらに、シミュレーションによる補正を取り入れた飛跡再構成手法を開発し、ビーム試験によりその有効性を確認した。 シンチレータ検出器は古くからある技術であるが、本研究は従来にない検出概念の実証と、その各要素に対する精緻な理解に基づいた性能向上を実現しており、測定器技術分野に対する多大な貢献であると評価される。
天⽂応⽤に向けた⼩型電⼦ビームイオントラップの開発と⼤型放射光施設 SPring-8 での多価イオン精密分光実験
平田玲央(東京大学)
授賞理由
本論文は、衛星を用いたX線観測において重要となる各種原子の特性X線の波長や遷移確率を、地上にて高精度で測定するための電子ビームイオントラップ(EBIT)の開発と性能評価についてまとめたものである。 近年、X線天文衛星の発展により高分解能でのX線精密分光が実現しているが、多数の電⼦を持つイオンは構造の複雑さゆえに原⼦データの理論値の不定性が⼤きく、最新の精密分光データから情報を最⼤限に引き出すことができない。そこで、地上プラズマ実験による多価イオンX線分光実験による実測が重要となる。 本論文における研究では、EBITにより多価イオンを局所的な電場にトラップし、電子銃により電子ビームを入射することでイオンの電子遷移によるX線を検出する。さらに放射光と併用することで、天体プラズマで起こる様々な素過程を再現・測定する。 本研究では、EBITの性能評価のため、生成した酸素・アルゴン・鉄イオンの二電子性再結合輝線の測定実験を実施した。検出光⼦数の電⼦ビームエネルギー依存性から、EBIT に注⼊した重元素のイオンが⽣成・トラップされたことを確認し、スペクトル上の輝線幅から電⼦ビームのエネルギー分解能の上限値は 2.6 eV (@2383.89 eV)であり、⾮常に⾼い単⾊性を持つことが分かった。これにより本研究で開発した装置が、放射光を用いて様々な元素の原⼦データを測定するのに⼗分な性能を有していることを示した。 さらに、本装置をSPring-8のビームラインに設置し、ネオン様鉄のL殻遷移の精密分光測定を実施した。その結果、輝線幅がFWHM = 0.189 ± 0.009 eV (@825.658 ± 0.003 eV)の⾮常に精密なスペクトルの取得に成功した。この測定結果をもとに、 3G/3C振動⼦強度⽐を0.306以下(95%上限)に制限することに成功した。
全体論評
2010年度から始まった測定器開発優秀修士論文賞も、今回で15回目を迎えました。2024年度の修士論文を対象とした今回は、例年と同程度である22篇の応募がありました。今回から選考委員長を引き継ぎ、初めて審査に加わることになりましたが、これまで委員長を務めていた幅さん、宇野さんが毎年のように記されていた「どの応募論文も力作で甲乙つけ難い」との総評が、決して大袈裟ではないことを実感しました。ほとんどの論文が100ページに及び、論文の構成も内容も極めて優れていました。 応募論文の利用分野について整理すると(図1)、例年通り素粒子分野が多いものの、原子核、宇宙線、宇宙分野からの応募も一定数あり、バランスが取れた状況になっていることは喜ばしいことです。さまざまな分野から多くの優秀な論文が寄せられていることに対し、高エネルギー物理学研究者会議、原子核談話会、宇宙線研究者会議、高エネルギー宇宙物理連絡会はじめ、放射線物理、放射光科学、中性子科学、中間子科学など、関連分野の皆様のご協力に深く感謝いたします。 研究の中心となる技術要素も、図2に示すように多岐にわたります。例年と比較して、ビーム関連技術や極低温検出器を扱った研究が一定数見られたことが特徴であり、近年の研究動向を反映していると感じました。 選考は、素粒子、原子核、宇宙線、高エネルギー宇宙物理、放射線科学の各分野から推薦された委員を含む、合計12名の選考委員(†)により、例年通り2段階で実施しました。2月末の締め切り後、査読にあたり以下の評価項目を審査員一同で確認の上、各項目について採点、集計を行い、選考審議を進めました。
1.論文の完成度
2.背景技術の理解度
3.開発研究の意義とその理解
4.研究の独創性、先進性(テーマ、手法)とその的確な記述
5.研究における本人の独創性、主体性
6.測定器開発にかける熱意、最後までやりとげる意志
1ヶ月かけて6篇の候補論文を絞り込み、その後さらに1ヶ月をかけて全委員でこれら6篇を改めて熟読、採点し、最終的に4月30日の選考委員会において、優秀論文賞として2篇を選出しました。1篇は、ニュートリノと原子核との反応を精密に測定するために導入した新型シンチレーション飛跡検出器に関する研究であり、もう1篇は、天体プラズマにおけるさまざまな原子過程を再現・理解するために開発された電子ビームイオントラップに関するものです。いずれも論文著者が検出器や装置をよく理解し、設計、製造、測定から解析までを自ら手がけていることが読み取れただけでなく、開発のための物理的背景や研究成果のインパクトについての記述も的確であり、博士論文としても通じるほどの完成度を有する力作でした。これらの点から、審査員一同、すべての評価項目において高い評点を与え、まさに模範的な優秀論文であると判断しました。惜しくも賞に至らなかった修士論文の中にも優れたなものが多数あり、優秀な論文数に対して賞の数が少ないことを受け、この賞とは別に受賞の機会を設けることができないか、という意見が選考委員の中から出たことも、ここに申し添えておきたいと思います。
測定器開発優秀修士論文賞 選考委員長
戸本 誠
†選考委員リスト(敬称略)
●審査委員
コミュニティ委員
市川裕大(東北大学)、風間慎吾(名古屋大学)、陣内修(東京科学大学)、多米田裕一郎(大阪電気通信大学)、増田孝彦(岡山大学)、三石郁之(名古屋大学)
●KEK 所内委員
関口哲郎、長谷川雅也、山崎寛仁
●委員長・幹事
戸本誠、小沢恭一郎、中村克朗
これまでの論文賞
お問い合わせ
〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1
高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 測定器開発センター
「測定器開発優秀修士論文賞」事務局
E-mail: itdc-ronbun2024★ml.post.kek.jp (★を@に読み替えて送信下さい)
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